「アジアの中の日本」特別企画
ポール・ジャクレー
Paul JACOULET
金仁淑
KIM Insook
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Stacking hours, Performance Inkjet-print, 2022
"Stacking hours," Inkjet-print, 2022
"Finding DouLi," Single Channel Video, 4min. 38sec., Full HD, 2022
Stacking hours, Performance Inkjet-print, 2022
Continuous Way, Haikou 2014
Artist Statement
金仁淑|KIM Insook
二つの文化の違いから生ずるエネルギー
HOKUBU記念絵画館館長
小西政幸 | Masayuki KONISHI
1887年にポール・ジャクレーがフランスから来日したのは、まだ彼が幼少の時だった。日本とフランスとでは、その社会全体の中で美術の占める位置はちがっていたが、日本は必ずしも政治に美術が従属されない多様性の時代だった。そんな中でジャクレーは日本画家から直接の技術の指導を受け、いきいきとした線描に独自の才能を示すようになる。彼の素質がみがかれたのは、日本の文化と西洋の文化との二元的感覚にある。アジア各地を訪れて、贅を尽くした衣装の人物木版画を彫り師、摺師との共同で作っているが、そこには和と洋との確かな出会いの関係がある。
金仁淑の「Continuous Way」はワークショップを通じてまちの記憶を新たな記憶として体験することを主な目的としたプロジェクトだ。仁淑はベトナム近くに位置する中国最南端の海南島へと旅立ち、滞在中にココナツの葉で織られた帽子がまちの記憶と子供たちをつなぐ過程を作品化している。日本と朝鮮半島の文化の違いやイデオロギーを超える個々の関係性や普遍性への探求が、仁淑の初期作品におけるテーマだったが、その先に「Continuous Way」は続いている。『DouLi』と呼ばれる帽子が作られる背景にある機能と素材、そして作り手だけではなく、それを手渡してくれた人の思いが伝わってくる作品は、帽子が帽子以上の意味を持っている。
仁淑とジャクレーの作品には共通のものがある。それは、ひとりの人間の表情に世界の反映を見るような視点というか、世界に属しているという確かさのようなもので、ポール・ジャクレーの遠い昔の木版画も、金仁淑の現代美術も二つの文化の違いから生ずるエネルギーがあり、時の流れにより深まる豊かな蓄積がある。
「Continuous Way」は、プロジェクトを行う地域に住む子供たちが、ワークショップを通じてまちの記憶を新たな記憶として体験することを主な目的としたプロジェクトである。韓国ソウル市倉洞で行った「Continuous Way, Changdong 2013」をはじめに、韓国のアートセンターや学校、中国の芸術祭、 大阪の朝鮮学校で、2013-2016年にプロジェクトを行った。本展覧会の作品は、中国海南省海口市の旧市街地で開催されたHaikou International Youth Experimental Arts Festivalで滞在制作したものである。
ベトナムの近くに位置する中国最南端の海南島は、漁業を主な産業とするまちであり、現在はリゾート地として人々が訪れる。このまちには4つの少数民族が原住民として暮らしている。本プロジェクトでは『斗笠|DouLi』というココナッツの葉で織られた帽子がまちの記憶と子供たちをつなぐ。
子供たちとワークショップを開催するに先立ち、海南大学に通うXIONG Yiyingと共に、まちの歴史をリサーチする過程の中で『斗笠|DouLi』を探し求めさまようことになる。『斗笠|DouLi』は本来、漁業を手伝う子どもから大人までが日常的に着用する帽子であった。長い時を経て、現在は清掃員やオートバイタクシーの運転手、露天商以外はほとんど着用しないため容易に見つからなかった。
《Finding DouLi》(2015)は、人々の暮らしと共に変貌する物の価値が反映された『斗笠|DouLi』探しの過程を映像に収めた作品である。そして《Stacking hours》(2022)は、ワークショップに参加した子供たちが、まちの過去と現在を繋ぐパフォーマンスを撮影した写真・映像・『斗笠|DouLi』によるインスタレーションである。まちの歴史のリサーチと並行して芸術祭の会場でワークショップの参加者を募り、子供たちに『斗笠|DouLi』の歴史と少数民族が着用する織物や刺繍が入った布の柄についてレクチャーした後、その模様をモチーフに『斗笠|DouLi』の網目に絵具を塗りオリジナルの柄が入った『斗笠|DouLi』を作るワークショップを行った。 子供たちはこの過程を通じて、昔の子供と自分が無関係な存在ではなく、一つの延長線上に置かれているということを認知する。そして過去から現在を繋ぐ大切な記憶として自作の『斗笠|DouLi』を運ぶパフォーマンスを行い、『斗笠|DouLi』を並べ、個々の新たな記憶の集合体となるインスタレーションを制作した。
どんなまちにもそれぞれの個性や歴史が存在するが、日常の中でそれをじっくり見つめる機会は稀である。参加者とのコミュニケーションを通じて制作する「Continuous Way」プロジェクトは、個の体験を通じてまちの記憶を繋ぐ役割を担う。